の模型を。模型ばかりでなく、時に本物《ほんもの》を何処からか持って来ることもあった。盗《と》って来たのか? と聞いても黙ってニヤニヤしている。神様のものを盗ったりして怖くないのかと聞くと、自分とは部落が違うから大丈夫だ、それに直ぐ後で教会へ行ってお祓いをして貰うから心配はないと言い、そっと左手を差出して私に催促する。そんないらぬ心配よりも早く金を呉れというのである。彼が教会と言ったのは、コロールに在る独逸《ドイツ》教会か西班牙《スペイン》教会かの何《いず》れかである。其処へ行って祭壇の前に一祈りすれば、古い神々を涜した懼《おそれ》から容易に解放されるのであろう。神祠の大きさから考えても、白人の神の威力の方が優れていることは疑う余地が無いのだから。
二三日で出来る小もの[#「小もの」に傍点]には五十銭を、一週間程度を要するものには一円を、という風に、私は彼に与える代金の相場を大体決めていた。所が、或日、一個の小さな鳩型護符の代金として私が例によって五十銭紙幣を一枚彼の掌に載せてやっても、彼は手を引込めないのである。瞼をつまんで掌の上を見、それから私の顔を見てニヤリとしてから瞼の扉を下したが、紙幣を載せた手は引込めようとしない。此奴め! と思って私が黙って彼の顔を睨んでいてやると(だが、彼は自分に都合の悪い時には直ぐ瞼を下して了うので、其の目の表情は分らない)暫くして又瞼をつまみ上げた。ニヤリと笑おうとして私の視線に会うと、慌ててカーテンを下したが、それでも其の儘左手は出し続けている。面倒臭くなって十銭白銅を一つ掌の上に附加えてやると、今度は極く細目に瞼をあけて、私の顔は見ずに、口の中で礼らしい言葉を呟いて帰って行った。
その中に六十銭が七十銭になり、七十銭が八十銭となり、瞼を上《あ》げ下《おろ》しするだけの無言の応酬の中に、到頭一円に迄相場がせり上げられて了った。値段ばかりではない。製作品に就いても折々不審なことが現れるようになった。板に彫らせた太陽模様図《カヨス》の※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]《にわとり》の絵が大分手を省いてある。小神祠《ウロガン》の模型も、其の構造が少々実物と違うらしい。かと思うと、彼の造った舟型霊代《カエップ》には余計な近代的装飾が勝手に加えられている。ちゃんと寸法を指定してやったものでも、とんでもない出鱈目《でたらめ》な大きさ
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