九
衛《えい》の霊公は極めて意志の弱い君主である。賢と不才とを識別し得ないほど愚かではないのだが、結局は苦い諫言《かんげん》よりも甘い諂諛《てんゆ》に欣《よろこ》ばされてしまう。衛の国政を左右するものはその後宮であった。
夫人|南子《なんし》はつとに淫奔《いんぽん》の噂が高い。まだ宋《そう》の公女だった頃異母兄の朝《ちょう》という有名な美男と通じていたが、衛侯の夫人となってからもなお宋朝を衛に呼び大夫に任じてこれと醜《しゅう》関係を続けている。すこぶる才走った女で、政治|向《むき》の事にまで容喙《ようかい》するが、霊公はこの夫人の言葉なら頷《うなず》かぬことはない。霊公に聴《き》かれようとする者はまず南子に取入るのが例であった。
孔子が魯から衛に入った時、召を受けて霊公には謁《えっ》したが、夫人の所へは別に挨拶《あいさつ》に出なかった。南子が冠《かんむり》を曲げた。早速《さっそく》人を遣《つか》わして孔子に言わしめる。四方の君子、寡君《かくん》と兄弟たらんと欲する者は、必ず寡小君《かしょうくん》(夫人)を見る。寡小君見んことを願えり云々。
孔子もやむをえず挨拶に出た。
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