死後の知覚の有無、あるいは霊魂《れいこん》の滅不滅についての疑問である。孔子がまた妙な返辞をした。「死者知るありと言わんとすれば、まさに孝子順孫、生を妨《さまた》げてもって死を送らんとすることを恐る。死者知るなしと言わんとすれば、まさに不孝の子その親を棄《す》てて葬《ほうむ》らざらんとすることを恐る。」およそ見当違いの返辞なので子貢は甚《はなは》だ不服だった。もちろん、子貢の質問の意味は良く判《わか》っているが、あくまで現実主義者、日常生活中心主義者たる孔子は、この優れた弟子の関心の方向を換《か》えようとしたのである。
子貢は不満だったので、子路にこの話をした。子路は別にそんな問題に興味は無かったが、死そのものよりも師の死生観を知りたい気がちょっとしたので、ある時死について訊《たず》ねてみた。
「いまだ生を知らず。いずくんぞ死を知らん。」これが孔子の答であった。
全くだ! と子路はすっかり感心した。しかし、子貢はまたしても鮮《あざ》やかに肩透《かたすか》しを喰ったような気がした。それはそうです。しかし私の言っているのはそんな事ではない。明らかにそう言っている子貢の表情である。
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