路は聞いていた。
数日後、子路がまた街を歩いていると、往来の木蔭《こかげ》で閑人達《かんじんたち》の盛《さか》んに弁じている声が耳に入った。それがどうやら孔子の噂のようである。――昔《むかし》、昔、と何でも古《いにしえ》を担《かつ》ぎ出して今を貶《おと》す。誰も昔を見たことがないのだから何とでも言える訳さ。しかし昔の道を杓子定規《しゃくしじょうぎ》にそのまま履《ふ》んで、それで巧《うま》く世が治まるくらいなら、誰も苦労はしないよ。俺《おれ》達にとっては、死んだ周公よりも生ける陽虎様《ようこさま》の方が偉いということになるのさ。
下剋上《げこくじょう》の世であった。政治の実権が魯侯《ろこう》からその大夫たる季孫氏《きそんし》の手に移り、それが今や更《さら》に季孫氏の臣たる陽虎という野心家の手に移ろうとしている。しゃべっている当人はあるいは陽虎の身内の者かも知れない。
――ところで、その陽虎様がこの間から孔丘を用いようと何度も迎《むか》えを出されたのに、何と、孔丘の方からそれを避《さ》けているというじゃないか。口では大層な事を言っていても、実際の生きた政治にはまるで[#「まるで」に
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