ろやすだ》てからのいつもの毒舌だったが、子路は顔色を変えた。いきなりその男の胸倉《むなぐら》を掴《つか》み、右手の拳《こぶし》をしたたか横面《よこつら》に飛ばした。二つ三つ続け様に喰《くら》わしてから手を離すと、相手は意気地なく倒《たお》れた。呆気《あっけ》に取られている他の連中に向っても子路は挑戦的《ちょうせんてき》な眼を向けたが、子路の剛勇《ごうゆう》を知る彼等は向って来ようともしない。殴《なぐ》られた男を左右から扶《たす》け起し、捨台詞《すてぜりふ》一つ残さずにこそこそ[#「こそこそ」に傍点]と立去った。

 いつかこの事が孔子の耳に入ったものと見える。子路が呼ばれて師の前に出て行った時、直接には触《ふ》れないながら、次のようなことを聞かされねばならなかった。古《いにしえ》の君子は忠をもって質となし仁をもって衛となした。不善ある時はすなわち忠をもってこれを化し、侵暴《しんぼう》ある時はすなわち仁をもってこれを固うした。腕力《わんりょく》の必要を見ぬゆえんである。とかく小人は不遜《ふそん》をもって勇と見做《みな》し勝ちだが、君子の勇とは義を立つることの謂《いい》である云々。神妙に子
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