傍点]自信が無いのだろうよ。あの手合《てあい》はね。
子路は背後《うしろ》から人々を分けて、つかつかと弁者の前に進み出た。人々は彼が孔門の徒であることをすぐに認めた。今まで得々と弁じ立てていた当の老人は、顔色を失い、意味も無く子路の前に頭を下げてから人垣《ひとがき》の背後に身を隠《かく》した。眥《まなじり》を決した子路の形相《ぎょうそう》が余りにすさまじかったのであろう。
その後しばらく、同じような事が処々で起った。肩《かた》を怒《いか》らせ炯々《けいけい》と眼を光らせた子路の姿が遠くから見え出すと、人々は孔子を刺《そし》る口を噤《つぐ》むようになった。
子路はこの事で度々師に叱られるが、自分でもどうしようもない。彼は彼なりに心の中では言分《いいぶん》が無いでもない。いわゆる君子なるものが俺と同じ強さの忿怒《ふんぬ》を感じてなおかつそれを抑え得るのだったら、そりゃ偉い。しかし、実際は、俺ほど強く怒りを感じやしないんだ。少くとも、抑え得る程度に弱くしか感じていないのだ。きっと…………。
一年ほど経《た》ってから孔子が苦笑と共に嘆《たん》じた。由《ゆう》が門に入ってから自分は悪
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