所にある、あの丘に上つたら、此方を振りかへつて見て貰ひ度い。自分は今の姿をもう一度お目に掛けよう。勇に誇らうとしてではない。我が醜惡な姿を示して、以て、再び此處を過ぎて自分に會はうとの氣持を君に起させない爲であると。
袁※[#「にんべん+參」、第4水準2−1−79]は叢に向つて、懇ろに別れの言葉を述べ、馬に上つた。叢の中からは、又、堪へ得ざるが如き悲泣の聲が洩れた。袁※[#「にんべん+參」、第4水準2−1−79]も幾度か叢を振返りながら、涙の中に出發した。
一行が丘の上についた時、彼等は、言はれた通りに振返つて、先程の林間の草地を眺めた。忽ち、一匹の虎が草の茂みから道の上に躍り出たのを彼等は見た。虎は、既に白く光を失つた月を仰いで、二聲三聲咆哮したかと思ふと、又、元の叢に躍り入つて、再び其の姿を見なかつた。
底本:「文學界」
1942(昭和17)年2月
※「山月記」は『文學界』に「文字禍」と共に「古譚」の題で掲載されました。
※このファイルは、日本文学等テキストファイル(http://www.let.osaka−u.ac.jp/~okajima/bungaku.htm)
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