。彼等は未だ※[#「埓のつくり+虎」、第3水準1−91−48]《くわく》略にゐる。固より、己の運命に就いては知る筈がない。君が南から歸つたら、己は既に死んだと彼等に告げて貰へないだらうか。決して今日のことだけは明かさないで欲しい。厚かましいお願だが、彼等の孤弱を憐れんで、今後とも道塗《だうと》に飢凍《きとう》することのないやうにはからつて戴けるならば、自分にとつて、恩|倖《かう》、之に過ぎたるは莫《な》い。
 言終つて、叢中から慟哭の聲が聞えた。袁も亦涙を泛べ、欣んで李徴の意に副ひ度い旨を答へた。李徴の聲は併し忽ち又先刻の自嘲的な調子に戻つて、言つた。
 本當は、先づ、この事の方を先にお願ひすべきだつたのだ、己が人間だつたなら。飢ゑ凍えようとする妻子のことよりも、己《おのれ》の乏しい詩業の方を氣にかけてゐる樣な男だから、こんな獸に身を墮《おと》すのだ。
 さうして、附加へて言ふことに、袁※[#「にんべん+參」、第4水準2−1−79]が嶺南からの歸途には決して此の途《みち》を通らないで欲しい、其の時には自分が醉つてゐて故人を認めずに襲ひかかるかも知れないから。又、今別れてから、前方百歩の
前へ 次へ
全15ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中島 敦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング