――金儲《かねもうけ》の為にのみ来ているのだ。これには、英・米・独、の区別はなかった。彼等の中誰一人として(極く少数の牧師達を除けば)此の島と、島の人々とを愛するが為に此処に留まっているという者が無いのだ。スティヴンスンは初め呆れ、それから腹を立てた。植民地常識から考えれば、之は、呆れる方がよっぽどおかしいのかも知れないが、彼はむき[#「むき」に傍点]になって、遥かロンドン・タイムズに寄稿し、島の此の状態を訴えた。白人の横暴、傲岸《ごうがん》、無恥。土人の惨めさ、等々。しかし、此の公開状は、冷笑を以て酬《むく》いられたに過ぎなかった。大小説家の驚くべき政治的無知、云々《うんぬん》。「ダウニング街の俗物共」の軽蔑者《けいべつしゃ》たるスティヴンスンのこととて、(曾《かつ》て大宰相グラッドストーンが「宝島」の初版を求めて古本屋を漁《あさ》っていると聞いた時も、彼は真実、虚栄心をくすぐられる所でなく、何か莫迦莫迦《ばかばか》しいような不愉快さを感じていた)政治的実際に疎いのは事実だったが、植民政策も土着の人間を愛することから始めよ、という自分の考が間違っているとは、どうしても思えなかった。此
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