。
比の年、遠くベルリンで、サモアに関する三国の協定が成立した。その結果、サモアは依然名目上の王を戴き、英・米・独三国人から成る政務委員会が之を扶《たす》けるという形式になった。この委員会の上に立つべき政務長官と、全サモアの司法権を握るべきチーフ・ジャスティス(裁判所長)と、この二人の最高官吏は欧洲から派遣されることとなり、又、爾後《じご》、王の選出には政務委員会の賛成が絶対必要と定められた。
同じ年(一八八九年)の暮、二年前に独艦上に姿を消して以来まるで消息の知れなかった前々王ラウペパが、ひょっこり憔悴《しょうすい》した姿で戻って来た。サモアから濠洲《ごうしゅう》へ、濠洲から独領西南アフリカヘ、アフリカから独逸本国へ、独逸から又ミクロネシアヘと、盥廻《たらいまわ》しに監禁護送されて来たのである。しかし、彼の帰って来たのは、傀儡《かいらい》の王として再び立てられる為であった。
もし王の選出が必要とあれば、順序から云っても、人物や人望から云っても、当然マターファが選ばるべきだった。が、彼の剣には、ファンガリィの峡谷に於ける独逸水兵の血潮が釁《ちぬ》られている。独逸人は皆マターファの
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