しかし、直ぐ独逸側に洩《も》れた。激怒した独逸商会と独逸領事とは、直ちにラウペパをムリヌウの王宮から逐《お》い、代りに、従来の副王タマセセを立てようとした。一説には、タマセセが独逸側と結んで、王を裏切ったのだとも云われる。兎に角英米二国は独逸の方針に反対した。紛争が続き、結局、独逸は(ビスマルク流の遣り方だ)軍艦五隻をアピアに入港させ、其の威嚇の下にクー・デ・タを敢行した。タマセセは王となり、ラウペパは南方の山地深く逃れた。島民は新王に不服だったが、諸所の暴動も独逸軍艦の砲火の前に沈黙しなければならなかった。
 独兵の追跡を逃れて森から森へと身を隠していた前王ラウペパの許に、或夜、彼の腹心の一酋長から使が来た。「明朝中に貴下が独逸の陣営に出頭しなければ、更に大きな災禍《わざわい》が此の島に起るであろう」云々《うんぬん》。意志の弱い男ではあったが、尚、此の島の貴族にふさわしい一片の道義心を失ってはいなかったラウペパは、直ぐに自己犠牲を覚悟した。其の夜の中に彼はアピアの街に出て、秘かに前の副王候補者であったマターファに会見し、之に後事を託した。マターファは、ラウペパに対する独逸《ドイツ》の
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