負けて、暗い夜(そこが彼等の住居である)へと逃げて行かねばならなかったのだと。
六月×日
コルヴィンの所から写真を送って来た。ファニイ(感傷的な涙とは凡《およ》そ縁の遠い)が思わず涙をこぼした。
友人! 何と今の私に、それが欠けていることか! (色々な意味で)対等に話すことの出来る仲間。共通の過去を有《も》った仲間。会話の中に頭註や脚註の要らない仲間。ぞんざいな言葉は使いながらも、心の中では尊敬せずにいられぬ仲間。この快適な気候と、活動的な日々との中で、足りないものは、それだけだ。コルヴィン、バクスター、W・E・ヘンレイ、ゴス、少し遅れて、ヘンリィ・ジェイムズ、思えば俺の青春は豊かな友情に恵まれていた。みんな俺より立派な奴ばかりだ。ヘンレイとの仲違《なかたが》いが、今、最も痛切な悔恨を以て思出される。道理から云って、此方が間違っているとは、さらさら思わない。しかし、理窟なんか問題じゃない。巨大な・捲鬚《まきひげ》の・赭《あか》ら顔の・片脚の・あの男と、蒼ざめた痩《や》せっぽちの俺とが、一緒に秋のスコットランドを旅した時の、あの二十代の健かな歓びを思っても見ろ。あの男の笑い声――「
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