杙《ひとくい》打込んだ家に住み、自分が鋸《のこぎり》をもって其の製造の手伝をした椅子に掛け、自分が鍬《くわ》を入れた畠の野菜や果実を何時も喰べていること――之は、幼時始めて自力で作上げた手工品を卓子《テーブル》の上に置いて眺めた時の・新鮮な自尊心を蘇《よみがえ》らせて呉れる。此の小舎を組立てている丸木や板も、又、日々の食物も、みんな素性の知れたものであること――つまり、其等の木は悉《ことごと》く自分の山から伐出《きりだ》され自分の眼の前で鉋《かんな》を掛けられたものであり、其等の食物の出所も、みんなはっきり[#「はっきり」に傍点]判っている(このオレンジはどの木から取った、このバナナは何処の畠のと)こと。之も、幼い頃母の作った料理でなければ安心して喰べられなかったスティヴンスンに、何か楽しい心易さを与えるのであった。
 彼は今ロビンソン・クルーソー、或いはウォルト・ホイットマンの生活を実験しつつある。「太陽と大地と生物とを愛し、富を軽蔑《けいべつ》し、乞う者には与え、白人文明を以て一の大なる偏見と見做《みな》し、教育なき・力《ちから》溢《あふ》るる人々と共に闊歩《かっぽ》し、明るい風と
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