・六歳の少年、ワリス島の者で英語は皆目判らず、サモア語も五つしか知らない。)が、急に変な事を言出して気味が悪い、と言った。何でも、「今から森の中にいる家族《うち》の者に逢いに行く。」といって聞かないのだそうだ。「森の中に、あの子の家があるのか?」と聞くと、「あるもんですか。」とミタイエレが言う。直ぐにロイドと、彼等の寝室へ行った。パータリセは睡っている者のように見えたが、何かうわ[#「うわ」に傍点]言を言っている。時々、脅された鼠《ねずみ》の様な声を立てる。身体にさわると冷たい。脈は速くない。呼吸の度に腹が大きく上下する。突然、彼は起上り、頭を低く下げ、前へつんのめるような恰好《かっこう》で、扉に向って走った。(といっても、其の動作は余り速くなく、ぜんまい[#「ぜんまい」に傍点]の弛《ゆる》んだ機械玩具のような奇妙なのろさ[#「のろさ」に傍点]であった。)ロイドと私とが彼をつかまえてベッドに寐かしつけた。暫くして又逃出そうとした。今度は猛烈な勢なので、やむを得ず、みんなで彼をベッドに(シーツや縄で)括《くく》り付けた。パータリセは、そうやって抑え付けられた儘《まま》時々何か呟き、時に、
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