のである。

   四

一八九一年五月×日
 自分の領土(及び其の地続き)内の探険。ヴァイトゥリンガ流域の方は先日行って見たので、今日はヴァエア河の上流を探る。
 叢林《そうりん》の中を大体見当をつけて東へ進む。漸く河の縁へ出る。最初河床は乾いている。ジャック(馬)を連れて来たのだが、河床の上に樹々が低く密生して馬は通れないので、叢林の中の木に繋《つな》いで置く。乾いた川筋を上って行く中に、谷が狭くなり、所々に洞《ほら》があったりして、横倒しになった木の下を屈《かが》まずにくぐって歩けた。
 北へ鋭く曲る。水の音が聞えた。暫くして、峙《そばだ》つ岩壁にぶつかる。水が其の壁面を簾《すだれ》のように浅く流れ下っている。其の水は直ぐ地下に潜って見えなくなって了う。岩壁は攀登《よじのぼ》れそうもないので、木を伝って横の堤に上る。青臭い草の匂がむんむん[#「むんむん」に傍点]して、暑い。ミモザの花。羊歯《しだ》類の触手。身体中を脈搏《みゃくはく》が烈しく打つ。途端に何か音がしたように思って耳をすます。確かに水車の廻るような音がした。それも、巨大な水車が直ぐ足許でゴーッと鳴った様な、或いは、遠雷
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