水の如く地上に来り、やがて風の如くに去り行くであろう汝、名無き者は?
 俳優の魂が身体を抜出し、見物席に腰を下して、舞台の自分を眺めているような工合であった。魂が、其の抜けがらに聞いている。お前は誰だと。そして執拗《しつよう》にじろじろ睨《ね》めまわしている。私はぞっとした。私は眩暈《めまい》を感じて倒れかかり、危く近所の土人の家に辿《たど》りつき、休ませて貰った。
 こんな虚脱の瞬間は、私の習慣の中には無い。幼い頃一時私を悩ましたことのある永遠の謎「我の意識」への疑問が、長い潜伏期の後、突然こんな発作となって再び襲って来ようとは。
 生命力の衰退であろうか? しかし近頃は、二三ヶ月前に比べて身体の調子もずっと良いのだ。気分の波の高低はかなりあるにしても、精神の活気も大分取戻しているのだ。風景などを眺めても、近頃は、強烈な其の色彩に、始めて南海を見た時のような魅力を(誰でも三四年熱帯に住めば、それを失うものだ)再び感じている位だ。生きる力が衰えている筈はない。ただ最近多少|昂奮《こうふん》し易くなったことは事実で、そういう時、数年間まるで忘却していた姿の或る情景などが、焙《あぶ》り出し
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