新道路の傍には、次の様な土語を記した標が立てられた。
   「感謝の道路」
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我等が獄中|呻吟《しんぎん》の日々に於けるツシタラの温かき心に報いんとて 我等 今 この道を贈る。我等が築けるこの道 常に泥濘《ぬかる》まず 永久《とは》に崩れざらん。
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   十九

一八九四年十月×日
 私がまだマターファの名を挙げるのを聞くと、人々(白人)は妙な顔をする。丁度、去年の芝居の噂でも聞いた時のように。或る者は又、にやにや笑い出す。下劣な笑だ。何は措《お》いてもマターファの事件を可嗤的《リディキュラス》なものとしてはならぬと思う。一作家の奔走だけでは、どうにもならぬ。(小説家は、事実を述べている時でも、物語を語っているのではないかと思われるらしい。)誰か実際的な地位を有《も》つ人物が援《たす》けて呉れなければ駄目だ。
 全然面識の無い人物だが、英国下院でサモア問題に就いて質問したJ・F・ホーガン氏に宛て、手紙を書いた。新聞によれば、彼は再三に亘ってサモアの内紛についての質問をしているから、相当この問題に関心を抱いているものと見られるし、質問の内容
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