だということを理解して呉れないのだ。
 成人《おとな》、子供、ということで、もう一つ。英国の下手な小説と、仏蘭西《フランス》の巧《うま》い小説に就いて。(仏蘭西人はどうして、あんなに小説が巧いんだろう?)マダム・ボヴァリイは疑もなく傑作だ。オリヴァア・トゥイストは、何という子供じみた家庭小説であることか! しかも、私は思う。成人《おとな》の小説を書いたフロオベェルよりも、子供の物語を残したディッケンズの方が、成人《おとな》なのではないか、と。但し、此の考え方にも危険はある。斯《か》かる意味の成人《おとな》は、結局何も書かぬことになりはしないか? ウィリアム・シェイクスピア氏が成長してアール・オヴ・チャタムとなり、チャタム卿《きょう》が成長して名も無き一市井人となる。(?)
 
 同じ言葉で、めいめい勝手な違った事柄を指したり、同じ事柄を各々違った、しかつめらしい言葉で表現したりして、人々は飽きずに争論を繰返している。文明から離れていると、この事の莫迦《ばか》らしさが一層はっきりして来る。心理学も認識論も未だ押寄せて来ない此の離れ島のツシタラにとっては、リアリズムの、ロマンティシズムのと
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