だ一つ。それは、道路を作り、果樹園を作り、植林し、其等の売捌《うりさばき》を自らの手で巧《うま》くやること。一口にいえば、自分の国土の富源を自分の手で開発することです。之をもし諸君が行わないならば、皮膚の色の違った他の人間共がやって了うでしょう。
 自らの有《も》てるものを以て、諸君は何をしているか? サヴァイイで? ウポルで? ツツイラで? 諸君は、それを豚共の蹂躪《じゅうりん》に任せているではないか。豚共は家を焼き、果樹を切り、勝手放題をしているではないか。彼等は蒔《ま》かざるに刈り、蒔かざるに収穫《とりい》れておるのだ。併し、神は君達の為にサモアの地にそれを蒔かれたのだ。豊かな土地と、美しき太陽と、充ち足りた雨とを、君達に授け給うたのだ。繰返して言うけれども、諸君がそれを保ち、それを開発しなければ、やがて他の者に奪われて了うのです。諸君や諸君の子孫は、皆、外の暗闇にほうり出され、唯泣くよりほかはなくなるのです。私はいい加減に言っているのではない。私は、此の眼でそうした実例を見て来たのです。」
 スティヴンスンは、自分の見たアイルランドや、スコットランド高地や、或いはハワイに於ける原住民族の現在の惨めさに就いて語った。そして、其等の轍《わだち》をふまないために、今こそ我々[#「我々」に傍点]は緊褌《きんこん》一番すべきであると。
「私は、サモアとサモアの人々とを愛しております。私は心から此の島を愛し、生きている限りは住居に、死んだなら墓地にと、固く決めているのです。だから、私の言うことを、口先だけの警戒と思ってはいけないのだ。
 今や諸君の上に大きな危機が迫って来ている。今私の話した諸民族の様な運命を選ばねばならぬか、或いは之を切抜けて、諸君の子孫が此の父祖伝来の地で、諸君の記憶を讃えることが出来るようになるか、その最後の危機が迫っているのですぞ。条約による土地委員会とチーフ・ジャスティスとは、間もなく任期を完了するでしょう。すると、土地は諸君に戻され、諸君はそれを如何に使おうと自由になるのです。奸悪《かんあく》なる白人共の手の伸びるのは其の時です。土地測量器を手にした者共が、諸君の村へやって来るに違いない。諸君の試錬の火が始まるのです。諸君が果して金であるか? 鉛の屑《くず》であるか?
 真のサモア人は之を切抜けねばならない。如何にして? 顔を黒く隈取《くまど》って戦うことによってではない。家に火を放つことによってではない。豚を殺し、傷つける敵の首を刎《は》ねることによってではない。そんな事は、諸君を一層惨めなものにするだけです。真にサモアを救う者とは、道路を開き、果樹を植え、収穫を豊かにし、つまり神の与え給うた豊かな資源を開発する者でなければなりません。こういうのが真の勇者、真の戦士なのです。酋長達よ。貴方方はツシタラの為に働いて下さった。ツシタラは心から御礼を申上げる。そうして、全サモア人が範を貴方方に取れば良いと思うのです。即ち、此の島の酋長という酋長、島民という島民が残らず、道路の開拓に、農場の経営に、子弟の教育に、資源の開発に、全力を注いだら、――それも一ツシタラヘの愛の為でなく、諸君の同胞、子弟、更に未だ生れざる後代の為に、そうした努力を傾けたら、どんなに良かろうと思うのです。」

 謝辞というより警告|乃至《ないし》説諭に近い此の演説は、大成功だった。スティヴンスンが案じた程難解ではなく、彼等の大部分によって完全に諒解されたらしいことが、彼を悦《よろこ》ばせた。彼は少年の様に嬉しがって、褐色の友人達の間をはしゃぎ廻った。

 新道路の傍には、次の様な土語を記した標が立てられた。
   「感謝の道路」
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我等が獄中|呻吟《しんぎん》の日々に於けるツシタラの温かき心に報いんとて 我等 今 この道を贈る。我等が築けるこの道 常に泥濘《ぬかる》まず 永久《とは》に崩れざらん。
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   十九

一八九四年十月×日
 私がまだマターファの名を挙げるのを聞くと、人々(白人)は妙な顔をする。丁度、去年の芝居の噂でも聞いた時のように。或る者は又、にやにや笑い出す。下劣な笑だ。何は措《お》いてもマターファの事件を可嗤的《リディキュラス》なものとしてはならぬと思う。一作家の奔走だけでは、どうにもならぬ。(小説家は、事実を述べている時でも、物語を語っているのではないかと思われるらしい。)誰か実際的な地位を有《も》つ人物が援《たす》けて呉れなければ駄目だ。
 全然面識の無い人物だが、英国下院でサモア問題に就いて質問したJ・F・ホーガン氏に宛て、手紙を書いた。新聞によれば、彼は再三に亘ってサモアの内紛についての質問をしているから、相当この問題に関心を抱いているものと見られるし、質問の内容
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