シタラの家の為に道路を作って、之を心からの贈物としようと相談が一決したのだが、是非とも此の贈物を受けて貰い度い。」と。公道と私の家とを繋《つな》ぐ道路を作ろうというのである。
 土人を良く知っている者なら、誰しも斯《か》かる話を余りあて[#「あて」に傍点]に出来ないと思うのだが、兎に角、私は此の申出に非常に感激した。だが、実をいうと、之は、私自身が、道具や食事や給金(之は、先方では要らないというだろうが、結局、老人や病弱者への慰問の形で、やらねばなるまい)のために少からぬ金を使わねばならぬことになるのだ。
 併し、彼等はなお此の計画の説明を進めた。彼等酋長達は、これから自分の部落に立帰り、一族の中から働く者を集めて来る。青年の一部はアピア市にボートを持って来て住み、海岸通を通って、働く連中に食糧を供給する役をする。道具だけはヴァイリマで都合して貰うが、決して贈物をして貰わないこと…………等。之は驚くべき非サモア的勤労だ。もし之が実際に行われるとすれば、恐らく此の島では前代未聞であろう。
 私は彼等に厚く謝辞を述べた。私は彼等の代表者(此の男を私は個人的に良く知らない)と面を合せて腰掛けていた。彼の顔は、初めの挨拶の時は極めて他処《よそ》行きであったが、進んで、ツシタラが彼等の獄中での唯一の友であったことを語る段になると、急に、燃える様な純粋な感情を露《あらわ》したかに思われた。自惚《うぬぼれ》ではないつもりだ。ポリネシア人の仮面――全く之は白人には竟《つい》に解けない太平洋の謎だが――が斯くも完全に脱棄てられたのを、私は見たことがない。

九月×日
 快晴。朝早く彼等[#「彼等」に傍点]が来た。逞《たくま》しい、顔立も尋常な青年ばかりが揃っている。彼等は直ちに我が新道路の工事に着手した。老ポエは頗《すこぶ》る上機嫌。この計画で若返ったように見える。頻《しき》りに冗談を言い、ヴァイリマの家族の友なることを青年等に誇示するかの如く、方々歩き廻っている。
 彼等の衝動が、道路完成迄永続きするか、どうか、それは私にとって毫《ごう》も問題でない。彼等がそれを企てたということ。そして、サモアでは未だ曾《かつ》て聞いたこともない様な事を進んで実行し始めたこと。――之だけで充分だ。試みに思え。之は道路工事――サモア人の最も忌み嫌うもの。此の土地では、税の取立に次いで叛乱の原因となるもの。金銭を以てしても刑罰を以てしても容易に彼等を誘うことの出来ない道路工事なのだ。
 この一事で、私は、自分がサモアで少くとも何か或る一つの事を成したのだと、自惚《うぬぼ》れていいように思う。私は嬉しい。実際、子供のように嬉しいのだ。

   十八

 十月に入って、道路はほぼ完成した。サモア人としては驚くべき勤勉と、速度とであった。斯《こ》うした場合にありがちの、部落間の争いも殆ど起らなかった。
 スティヴンスンは工事完成記念の宴を華やかに張りたいと思った。彼は、白人と土人とを問わず、島の主だった人々には残らず招待状を送った。所で、驚いたことに、宴の日が近づくにつれ、白人及び白人に親しい土人達の一部から彼が受取った返辞は、悉《ことごと》く断り状だった。子供の如く無邪気なスティヴンスンの喜びの宴を以て、彼等は皆、政治的な機会と見做《みな》し、つまり、彼が叛徒を糾合し、政府に対する新しい敵意を作上げようとしている、と考えたのである。彼と最も親しい数人からも、理由は書かずに、出席できない旨を言って来た。宴は殆ど土人ばかりが来ることになった。それでも、列席者は夥《おびただ》しい数に上った。
 当日スティヴンスンはサモア語で感謝の演説をした。数日前、英文の原稿を或る牧師の所へやって、土語に翻訳して貰ったものである。
 彼は先ず八人の酋長《しゅうちょう》達に厚く謝辞を述べ、次いで公衆に、此の美しい申出の為された事情と経過とを説明した。自分が初め此の申出を断ろうかと思ったこと。それは、此の国が貧しく饑餓《きが》に脅されており、又、現在、彼等酋長達の家や部落が、長い間の主人の不在のために、整理を必要としていることを、自分が良く知っているからだ、ということ。しかし結局之を受けたのは、此の工事の与える教訓が一千本のパンの木よりも有効だと思ったから、それに、かかる美しい好意を受けることが、何ものにも増して堪《たま》らなく嬉しかったからだ、ということ。
「酋長達よ。諸君が働いて下さるのを見ていて、私の心は温かくなる様な気がしました。それは感謝の念からばかりでなく、或る希望からでもあります。私は其処にサモアの為、良きものを齎《もたら》すであろう約束を読んだのです。即ち、私の申上げたいのは、外敵に対する勇敢な戦士としての諸君の時代は既に終ったということです。今や、サモアを守る途《みち》はた
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