、此の五つの称号の全部、もしくは過半数を(人望により、或いは功績により)得たる者、推されて王位に即《つ》くなり。而して、通常、五つの称号を一人にて兼ね有する場合は極めて稀《まれ》にして、多くは、王の他に、一つ或いは二つの称号を保持する者あるを常とす。されば、王は、絶えず、他の王位請求権保持者の存在に脅されざるを得ず。かかる状態は必然的に其の中に内乱紛争の因由を蔵するものというべし。
[#地付き]――J・B・ステェア「サモア地誌」――
[#ここで字下げ終わり]
一八八一年、五つの称号の中、「マリエトア」「ナトアイテレ」「タマソアリィ」の三つを有《も》つ大酋長ラウペパが推されて王位に即いた。「ツイアアナ」の称号を有《も》つタマセセと、もう一つの称号「ツイアトゥア」の持主マターファとは、代る代る副王の位に即くべく定められ、先ず始めにタマセセが副王となった。
其の頃から丁度、白人の内政干渉が烈しくなって来た。以前は、会議《フォノ》及び其の実権者、ツラファレ(大地主)達が王を操っていたのに、今は、アピアの街に住む極く少数の白人が之に代ったのである。元来アピアには、英・米・独の三国がそれぞれ領事を置いている。併し、最も権力のあるのは領事達ではなくて、独逸《ドイツ》人の経営に係る南海拓殖商会であった。島の白人貿易商等の間に在って、此の商会は正《まさ》しく小人国のガリヴァアであった。曾《かつ》ては此の商会の支配人が独逸領事を兼ねたこともあり、又其の後、自国の領事(此の男は若い人道家で、商会の土人労働者虐待に反対したので)と衝突して之を辞めさせたこともある。アピアの西郊ムリヌウ岬から其の附近一帯の広大な土地が独逸商会の農場で、其処でコーヒー、ココア、パイナップル等を栽培していた。千に近い労働者は、主に、サモアよりも更に未開の他の島々や、或いは遠くアフリカから、奴隷同様にして連れて来られたものである。
過酷な労働が強制され、白人監督に笞《むち》打《う》たれる黒色人褐色人の悲鳴が日毎に聞かれた。脱走者が相継ぎ、しかも彼等の多くは捕えられ、或いは殺された。一方、遥かに久しい以前から食人の習慣を忘れている此の島に、奇怪な噂が弘まった。外来の皮膚の黒い人間が島民の子供を取って喰うと。サモア人の皮膚は浅黒、乃至《ないし》、褐色だから、アフリカの黒人が恐ろしいものに見えたのであろう。
島
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