。牛魔王堪えかねて本相を顕《あら》わし、たちまち一匹の大|白牛《はくぎゅう》たり。頭は高峯《こうほう》のごとく眼は電光のごとく双角は両座の鉄塔に似たり。頭より尾に至る長さ千余丈、蹄《ひづめ》より背上に至る高さ八百丈。大音に呼ばわって曰《いわ》く、※[#「にんべん+爾」、第3水準1−14−45]《なんじ》悪猴《わるざる》今我をいかんとするや。悟空また同じく本相を顕《あら》わし、大喝《だいかつ》一声するよと見るまに、身の高さ一万丈、頭《かしら》は泰山《たいざん》に似て眼は日月のごとく、口はあたかも血池にひとし。奮然鉄棒を揮《ふる》って牛魔王を打つ。牛魔王|角《つの》をもってこれを受止め、両人半山の中にあってさんざんに戦いければ、まことに山も崩れ海も湧返《わきかえ》り、天地もこれがために反覆《はんぷく》するかと、すさまじかり。……
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 なんという壮観だったろう! 俺《おれ》はホッと溜息《ためいき》を吐いた。そばから助太刀《すけだち》に出ようという気も起こらない。孫行者《そんぎょうじゃ》の負ける心配がないからというのではなく、一|幅《ぷく》の完全な名画の上にさらに拙《
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