くう》の眼にとって平凡|陳腐《ちんぷ》なものは何一つない。毎日早朝に起きると決まって彼は日の出を拝み、そして、はじめてそれを見る者のような驚嘆をもってその美に感じ入っている。心の底から、溜息《ためいき》をついて、讃嘆《さんたん》するのである。これがほとんど毎朝のことだ。松の種子から松の芽の出かかっているのを見て、なんたる不思議さよと眼を瞠《みは》るのも、この男である。
 この無邪気な悟空の姿と比べて、一方、強敵と闘っているときの彼を見よ! なんと、みごとな、完全な姿であろう! 全身|些《いささ》かの隙《すき》もない逞《たくま》しい緊張。律動的で、しかも一|分《ぶ》のむだもない棒の使い方。疲れを知らぬ肉体が歓《よろこ》び・たけり・汗ばみ・跳《は》ねている・その圧倒的な力量感。いかなる困難をも欣《よろこ》んで迎える強靱《きょうじん》な精神力の横溢《おういつ》。それは、輝く太陽よりも、咲誇る向日葵《ひまわり》よりも、鳴盛《なきさか》る蝉《せみ》よりも、もっと打込んだ・裸身の・壮《さか》んな・没我的な・灼熱《しゃくねつ》した美しさだ。あのみっともない[#「みっともない」に傍点]猿《さる》の闘っ
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