でも、仰向《あおむ》いているものだから、いやでも星を見ないわけにいかない。青白い大きな星のそばに、紅《あか》い小さな星がある。そのずっと下の方に、やや黄色味を帯びた暖かそうな星があるのだが、それは風が吹いて葉が揺れるたびに、見えたり隠れたりする。流れ星が尾を曳《ひ》いて、消える。なぜか知らないが、そのときふと俺は、三蔵法師《さんぞうほうし》の澄んだ寂しげな眼を思い出した。常に遠くを見つめているような・何物かに対する憫《あわ》れみをいつも湛《たた》えているような眼である。それが何に対する憫れみなのか、平生《へいぜい》はいっこう見当が付かないでいたが、今、ひょいと、判《わか》ったような気がした。師父《しふ》はいつも永遠を見ていられる。それから、その永遠と対比された地上のなべてのもの[#「もの」に傍点]の運命《さだめ》をもはっきりと見ておられる。いつかは来る滅亡《ほろび》の前に、それでも可憐《かれん》に花開こうとする叡智《ちえ》や愛情《なさけ》や、そうした数々の善《よ》きものの上に、師父は絶えず凝乎《じっ》と愍《あわ》れみの眼差《まなざし》を注《そそ》いでおられるのではなかろうか。星を見てい
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