がない。もっと悟空に近づき、いかに彼の荒さが神経にこたえようとも、どんどん叱《しか》られ殴《なぐ》られ罵《ののし》られ、こちらからも罵り返して、身をもってあの猿《さる》からすべてを学び取らねばならぬ。遠方から眺めて感嘆しているだけではなんにもならない。
夜。俺《おれ》は独《ひと》り目覚めている。
今夜は宿が見つからず、山蔭《やまかげ》の渓谷の大樹の下に草を藉《し》いて、四人がごろ[#「ごろ」に傍点]寐《ね》をしている。一人おいて向こうに寐ているはずの悟空《ごくう》の鼾《いびき》が山谷《さんこく》に谺《こだま》するばかりで、そのたびに頭上の木の葉の露がパラパラと落ちてくる。夏とはいえ山の夜気はさすがにうすら寒い。もう真夜中は過ぎたに違いない。俺は先刻から仰向《あおむ》けに寐ころんだまま、木の葉の隙《あいだ》から覗《のぞ》く星どもを見上げている。寂しい。何かひどく寂しい。自分があの淋《さび》しい星の上にたった独りで立って、まっ暗な・冷たい・なんにもない世界の夜を眺めているような気がする。星というやつは、以前から、永遠だの無限だのということを考えさせるので、どうも苦手《にがて》だ。それ
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