けないのだ。実際、正直なところを言えば、悟空は、どう考えてもあまり有難《ありがた》い朋輩《ほうばい》とは言えない。人の気持に思い遣《や》りがなく、ただもう頭からガミガミ怒鳴り付ける。自己の能力を標準にして他人《ひと》にもそれを要求し、それができないからとて怒《おこ》りつけるのだから堪《たま》らない。彼は自分の才能の非凡さについての自覚がないのだとも言える。彼が意地悪でないことだけは、確かに俺たちにもよく解《わか》る。ただ彼には弱者の能力の程度がうまく[#「うまく」に傍点]呑《の》み込めず、したがって、弱者の狐疑《こぎ》・躊躇《ちゅうちょ》・不安などにいっこう同情がないので、つい、あまりのじれったさ[#「じれったさ」に傍点]に疳癪《かんしゃく》を起こすのだ。俺たちの無能力が彼を怒らせさえしなければ、彼は実に人の善い無邪気な子供のような男だ。八戒はいつも寐《ね》すごしたり怠《なま》けたり化け損《そこな》ったりして、怒られどおしである。俺が比較的彼を怒らせないのは、今まで彼と一定の距離を保っていて彼の前にあまりボロを出さないようにしていたからだ。こんなことではいつまで経《た》っても学べるわけ
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