前の俺《おれ》だったら、今のようなおかしな夢なんか見るはずはなかったんだがな。……今の夢の中の菩薩《ぼさつ》の言葉だって、考えてみりゃ、女※[#「人べん+禹」、160−18]《じょう》氏や※[#「虫+糾のつくり」、第4水準2−87−27]髯鮎子《きゅうぜんねんし》の言葉と、ちっとも違ってやしないんだが、今夜はひどく身にこたえるのは、どうも変だぞ。そりゃ俺だって、夢なんかが救済《すくい》になるとは思いはしないさ。しかし、なぜか知らないが、もしかすると、今の夢のお告げの唐僧《とうそう》とやらが、ほんとうにここを通るかもしれないというような気がしてしかたがない。そういうことが起こりそうなときには、そういうことが起こるものだというやつでな。……」
 渠はそう思って久しぶりに微笑した。

       七

 その年の秋、悟浄《ごじょう》は、はたして、大唐《だいとう》の玄奘法師《げんじょうほうし》に値遇《ちぐう》し奉り、その力で、水から出て人間となりかわることができた。そうして、勇敢にして天真爛漫《てんしんらんまん》な聖天大聖《せいてんたいせい》孫悟空《そんごくう》や、怠惰《たいだ》な楽天家、天
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