てて飲んだ。瓢《ふくべ》の底まで飲み干してしまうと、いい気持で歩き出した。
 底の真砂《まさご》の一つ一つがはっきり見分けられるほど明るかった。水草に沿うて、絶えず小さな水泡《みなわ》の列が水銀球のように光り、揺れながら昇って行く。ときどき渠《かれ》の姿を見て逃出す小魚どもの腹が白く光っては青水藻《あおみどろ》の影に消える。悟浄はしだいに陶然としてきた。柄《がら》にもなく歌が唱《うた》いたくなり、すんでのことに、声を張上げるところだった。そのとき、ごく遠くの方で誰かの唱っているらしい声が耳にはいってきた。渠は立停《たちど》まって耳をすました。その声は水の外から来るようでもあり、水底のどこか遠くから来るようでもある。低いけれども澄透《すみとお》った声でほそぼそと聞こえてくるその歌に耳を傾ければ、

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江国春風吹不起《こうこくのしゅんぷうふきたたず》
鷓鴣啼在深花裏《しゃこないてしんかのうちにあり》
三級浪高魚化竜《さんきゅうなみたこうしてうおりゅうにかす》
痴人《ちじん》猶※[#「尸+斗」、158−13]《なおくむ》夜塘水《やとうのみず》
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