めに全力を挙げて試みよう。決定的な失敗に帰《き》したっていいのだ。今までいつも、失敗への危惧《きぐ》から努力を抛棄《ほうき》していた渠が、骨折り損を厭《いと》わないところにまで昇華《しょうか》されてきたのである。
六
悟浄《ごじょう》の肉体はもはや疲れ切っていた。
ある日、渠《かれ》は、とある道ばたにぶっ倒れ、そのまま深い睡《ねむ》りに落ちてしまった。まったく、何もかも忘れ果てた昏睡《こんすい》であった。渠は昏々《こんこん》として幾日か睡り続けた。空腹も忘れ、夢も見なかった。
ふと、眼《め》を覚ましたとき、何か四辺《あたり》が、青白く明るいことに気がついた。夜であった。明るい月夜であった。大きな円《まる》い春の満月が水の上から射し込んできて、浅い川底を穏やかな白い明るさで満たしているのである。悟浄は、熟睡のあとのさっぱりした気持で起上がった。とたんに空腹に気づいた。渠はそのへんを泳いでいた魚類を五、六尾|手掴《てづか》みにしてむしゃむしゃ頬張《ほおば》り、さて、腰に提《さ》げた瓢《ふくべ》の酒を喇叭《らっぱ》飲みにした。旨《うま》かった。ゴクリゴクリと渠は音を立
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