決断に作用していたのだ。骨折り損を避けるために、骨はさして折れない代わりに決定的な損亡へしか導かない途に留まろうというのが、不精《ぶしょう》で愚かで卑しい俺《おれ》の気持だったのだ。女※[#「人べん+禹」、155−15]《じょう》氏のもとに滞在している間に、しかし、渠の気持も、しだいに一つの方向へ追詰められてきた。初めは追つめられたものが、しまいにはみずから進んで動き出すものに変わろうとしてきた。自分は今まで自己の幸福を求めてきたのではなく、世界の意味を尋ねてきたと自分では思っていたが、それはとんでもない間違いで、実は、そういう変わった形式のもとに、最も執念深く自己の幸福を探していたのだということが、悟浄に解《わか》りかけてきた。自分は、そんな世界の意味を云々《うんぬん》するほどたいした生きものでないことを、渠《かれ》は、卑下《ひげ》感をもってでなく、安らかな満足感をもって感じるようになった。そして、そんな生意気をいう前に、とにかく、自分でもまだ知らないでいるに違いない自己を試み展開してみようという勇気が出てきた。躊躇《ちゅうちょ》する前に試みよう。結果の成否は考えずに、ただ、試みるた
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