とをもって眺《なが》めながら、自分も思い切って飛込もうか、どうしようかと躊躇《ちゅうちょ》しているのだな。遅かれ早かれ自分は谷底に落ちねばならぬとは十分に承知しているくせに。渦巻《うずまき》にまき込まれないからとて、けっして幸福ではないことも承知しているくせに。それでもまだお前は、傍観者の地位に恋々《れんれん》として離れられないのか。物凄《ものすご》い生の渦巻の中で喘《あえ》いでいる連中が、案外、はた[#「はた」に傍点]で見るほど不幸ではない(少なくとも懐疑的な傍観者より何倍もしあわせ[#「しあわせ」に傍点]だ)ということを、愚かな悟浄よ、お前は知らないのか。」
師の教えのありがたさは骨髄《こつずい》に徹して感じられたが、それでもなおどこか釈然としないものを残したまま、悟浄は、師のもとを辞した。
もはや誰にも道を聞くまいぞと、渠《かれ》は思うた。「誰も彼も、えらそうに見えたって、実は何一つ解《わか》ってやしないんだな」と悟浄は独言《ひとりごと》を言いながら帰途についた。「『お互いに解ってるふり[#「ふり」に傍点]をしようぜ。解ってやしないんだってことは、お互いに解り切ってるんだから
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