んなさい。この世に生を享《う》けるということは、実に、百千万億|恒河沙《ごうがしゃ》劫無限《こうむげん》の時間の中でも誠《まこと》に遇《あ》いがたく、ありがたきことです。しかも一方、死は呆《あき》れるほど速やかに私たちの上に襲いかかってくるものです。遇いがたきの生をもって、及びやすきの死を待っている私たちとして、いったい、この道のほかに何を考えることができるでしょう。ああ、あの痺《しび》れるような歓喜! 常に新しいあの陶酔!」と女怪は酔ったように※[#「豐+盍」、第4水準2−88−94]妖淫靡《えんよういんび》な眼を細くして叫んだ。
「貴方《あなた》はお気の毒ながらたいへん醜いおかたゆえ、私のところに留《とど》まっていただこうとは思いませぬから、ほんとうのことを申しますが、実は、私の後房では毎年百人ずつの若い男が困憊《つかれ》のために死んでいきます。しかしね、断わっておきますが、その人たちはみんな喜んで、自分の一生に満足して死んでいくのですよ。誰一人、私のところへ留まったことを怨《うら》んで死んだ者はありませなんだ。今死ぬために、この楽しみがこれ以上続けられないことを悔やんだ者はありま
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