−15]婆《はんいけつば》の所へ行った。すでに五百余歳を経ている女怪《じょかい》だったが、肌《はだ》のしなやかさは少しも処女と異なるところがなく、婀娜《あだ》たるその姿態は能《よ》く鉄石《てっせき》の心をも蕩《とろ》かすといわれていた。肉の楽しみを極《きわ》めることをもって唯一の生活信条としていたこの老女怪は、後庭に房を連ねること数十、容姿|端正《たんせい》な若者を集めて、この中に盈《み》たし、その楽しみに耽《ふ》けるにあたっては、親昵《しんじつ》をも屏《しりぞ》け、交遊をも絶ち、後庭に隠れて、昼をもって夜に継ぎ、三《み》月に一度しか外に顔を出さないのである。悟浄の訪ねたのはちょうどこの三月に一度のときに当たったので、幸いに老女怪を見ることができた。道を求める者と聞いて、※[#「魚+厥」、149−3]婆《けつば》は悟浄に説き聞かせた。ものうい憊《つか》れの翳《かげ》を、嬋娟《せんけん》たる容姿のどこかに見せながら。
「この道ですよ。この道ですよ。聖賢の教えも仙哲《せんてつ》の修業も、つまりはこうした無上法悦《むじょうほうえつ》の瞬間を持続させることにその目的があるのですよ。考えてもごら
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