うことを知らないのである。ただあまりに美しく、あまりにかぼそく、まるで何か貴い気体ででもできているようで、それがみんなに不安なものを感じさせていた。少年は、ひまさえあれば、白い石の上に淡飴色《うすあめいろ》の蜂蜜《はちみつ》を垂らして、それでひるがお[#「ひるがお」に傍点]の花を画《か》いていた。
悟浄《ごじょう》がこの庵室《あんしつ》を去る四、五日前のこと、少年は朝、庵《いおり》を出たっきりでもどって来なかった。彼といっしょに出ていった一人の弟子は不思議な報告をした。自分が油断をしているひまに、少年はひょい[#「ひょい」に傍点]と水に溶けてしまったのだ、自分は確かにそれを見た、と。他の弟子たちはそんなばかなことがと笑ったが、師の蒲衣子《ほいし》はまじめにそれをうべなった。そうかもしれぬ、あの児《こ》ならそんなことも起こるかもしれぬ、あまりに純粋だったから、と。
悟浄は、自分を取って喰《く》おうとした鯰《なまず》の妖怪《ばけもの》の逞《たくま》しさと、水に溶け去った少年の美しさとを、並べて考えながら、蒲衣子のもとを辞した。
蒲衣子の次に、渠《かれ》は斑衣※[#「魚+厥」、148
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