んと、教訓《おしえ》も垂れてくだされよう。せっかく修業なさるがよい。わしからもよろしくと申上げてくだされい。」と、みじめな佝僂《せむし》は、尖《とが》った肩を精一杯いから[#「いから」に傍点]せて横柄《おうへい》に言うた。

       四

 流沙河と墨水と赤水との落合う所を目指して、悟浄《ごじょう》は北へ旅をした。夜は葦間《あしま》に仮寝《かりね》の夢を結び、朝になれば、また、果《はて》知らぬ水底の砂原を北へ向かって歩み続けた。楽しげに銀鱗《ぎんりん》を翻《ひるが》えす魚族《いろくず》どもを見ては、何故《なにゆえ》に我一人かくは心|怡《たの》しまぬぞと思い侘《わ》びつつ、渠《かれ》は毎日歩いた。途中でも、目ぼしい道人《どうじん》修験者《しゅげんしゃ》の類は、剰《あま》さずその門を叩《たた》くことにしていた。

 貪食《どんしょく》と強力とをもって聞こえる※[#「虫+糾のつくり」、第4水準2−87−27]髯鮎子《きゅうぜんねんし》を訪ねたとき、色あくまで黒く、逞《たくま》しげな、この鯰《なまず》の妖怪《ばけもの》は、長髯《ちょうぜん》をしごきながら「遠き慮《おもんばかり》のみすれば
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