のじゃ。この間も、四人で笑うて話したことがある。わしらは、無をもって首《かしら》とし、生をもって背とし、死をもって尻《しり》としとるわけじゃとな。アハハハ……。」
気味の悪い笑い声にギョッとしながらも、悟浄は、この乞食こそあるいは真人《しんじん》というものかもしれんと思うた。この言葉が本物《ほんもの》だとすればたいしたものだ。しかし、この男の言葉や態度の中にどこか誇示的なものが感じられ、それが苦痛を忍んでむりに壮語しているのではないかと疑わせたし、それに、この男の醜さと膿《うみ》の臭《くさ》さとが悟浄に生理的な反撥《はんぱつ》を与えた。渠《かれ》はだいぶ心を惹《ひ》かれながらも、ここで乞食《こじき》に仕えることだけは思い止まった。ただ先刻の話の中にあった女※[#「人べん+禹」、144−7]氏とやらについて教えを乞《こ》いたく思うたので、そのことを洩《も》らした。
「ああ、師父《しふ》か。師父はな、これより北の方《かた》、二千八百里、この流沙河《りゅうさが》が赤水《せきすい》・墨水《ぼくすい》と落合うあたりに、庵《いおり》を結んでおられる。お前さんの道心《どうしん》さえ堅固なら、ずいぶ
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