。五十日後でなければ、それがふたたび開かれることがないであろうことを知っていた悟浄は、睡れる先生に向かって恭々《うやうや》しく頭を下げてから、立去った。

「恐れよ。おののけ。しかして、神を信ぜよ。」
 と、流沙河《りゅうさが》の最も繁華な四つ辻《つじ》に立って、一人の若者が叫んでいた。
「我々の短い生涯《しょうがい》が、その前とあととに続く無限の大永劫《だいえいごう》の中に没入していることを思え。我々の住む狭い空間が、我々の知らぬ・また我々を知らぬ・無限の大広袤《だいこうぼう》の中に投込まれていることを思え。誰か、みずからの姿の微小さに、おののかずにいられるか。我々はみんな鉄鎖に繋《つな》がれた死刑囚だ。毎瞬間ごとにその中の幾人かずつが我々の面前で殺されていく。我々はなんの希望もなく、順番を待っているだけだ。時は迫っているぞ。その短い間を、自己|欺瞞《ぎまん》と酩酊《めいてい》とに過ごそうとするのか? 呪《のろ》われた卑怯者《ひきょうもの》め! その間を汝《なんじ》の惨《みじ》めな理性を恃《たの》んで自惚《うぬぼ》れ返っているつもりか? 傲慢《ごうまん》な身の程《ほど》知らずめ! 噴
前へ 次へ
全49ページ中17ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中島 敦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング