ものが※[#「人べん+爾」、第3水準1−14−45]《おまえ》じゃ。冬になって寒さを感ずるものが※[#「人べん+爾」、第3水準1−14−45]じゃ。」さて、それで厚い唇《くちびる》を閉じ、しばらく悟浄《ごじょう》のほうを見ていたが、やがて眼を閉じた。そうして、五十日間それを開かなかった。悟浄は辛抱強《しんぼうづよ》く待った。五十日めにふたたび眼を覚ました坐忘先生は前に坐《すわ》っている悟浄を見て言った。「まだいたのか?」悟浄は謹《つつ》しんで五十日待った旨を答えた。「五十日?」と先生は、例の夢を見るようなトロリとした眼を悟浄に注いだが、じっとそのままひと時[#「ひと時」に傍点]ほど黙っていた。やがて重い唇が開かれた。
「時の長さを計る尺度が、それを感じる者の実際の感じ以外にないことを知らぬ者は愚かじゃ。人間の世界には、時の長さを計る器械ができたそうじゃが、のちのち大きな誤解の種を蒔《ま》くことじゃろう。大椿《たいちん》の寿《じゅ》も、朝菌《ちょうきん》の夭《よう》も、長さに変わりはないのじゃ。時とはな、我々の頭の中の一つの装置《しかけ》じゃわい」
そう言終わると、先生はまた眼を閉じた
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