》の薬をすすめられてもしかたがない、と、そのようなことも思うた。

 その四つ辻《つじ》から程遠からぬ路傍《ろぼう》で、悟浄は醜い乞食《こじき》を見た。恐ろしい佝僂《せむし》で、高く盛上がった背骨に吊《つ》られて五臓《ごぞう》はすべて上に昇ってしまい、頭の頂は肩よりずっと低く落込んで、頤《おとがい》は臍《へそ》を隠すばかり。おまけに肩から背中にかけて一面に赤く爛《ただ》れた腫物《はれもの》が崩れている有様に、悟浄は思わず足を停《と》めて溜息《ためいき》を洩《も》らした。すると、蹲《うずくま》っているその乞食《こじき》は、頸《くび》が自由にならぬままに、赤く濁った眼玉《めだま》をじろり[#「じろり」に傍点]と上向け、一本しかない長い前歯を見せてニヤリとした。それから、上に吊上《つりあ》がった腕をブラブラさせ、悟浄の足もとまでよろめいて来ると、渠《かれ》を見上げて言った。
「僭越《せんえつ》じゃな、わし[#「わし」に傍点]を憐《あわ》れみなさるとは。若いかたよ。わし[#「わし」に傍点]を可哀想《かわいそう》なやつと思うのかな。どうやら、お前さんのほうがよほど可哀想に思えてならぬが。このような形にしたからとて、造物主をわし[#「わし」に傍点]が怨んどるとでも思っていなさるのじゃろう。どうしてどうして。逆に造物主を讃《ほ》めとるくらいですわい、このような珍しい形にしてくれたと思うてな。これからも、どんなおもしろい恰好《かっこう》になるやら、思えば楽しみのようでもある。わし[#「わし」に傍点]の左|臂《ひじ》が鶏になったら、時を告げさせようし、右臂が弾《はじ》き弓になったら、それで※[#「号+鳥」、第3水準1−94−57]《ふくろう》でもとって炙《あぶ》り肉をこしらえようし、わし[#「わし」に傍点]の尻《しり》が車輪になり、魂が馬にでもなれば、こりゃこのうえなしの乗物で、重宝《ちょうほう》じゃろう。どうじゃ。驚いたかな。わし[#「わし」に傍点]の名はな、子輿《しよ》というてな、子祀《しし》、子犁《しれい》、子来《しらい》という三人の莫逆《ばくぎゃく》の友がありますじゃ。みんな女※[#「人べん+禹」、142−16]《じょう》氏の弟子での、ものの形を超えて不生不死《ふしょうふし》の境《きょう》に入ったれば、水にも濡《ぬ》れず火にも焼《や》けず、寝て夢見ず、覚めて憂《うれ》いなきも
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