の前におり立った時、黒い空から雪の上を撫《な》でてくる風が、思わず私達の頸をちぢめさせた。駅の前にも一向人家らしいものはない。吹晒《ふきさら》しの野原の向うに、月のない星空を黒々と山らしいものの影が聳《そび》えているだけだ。一本道を二三町も行った所で、私達は右手にポツンと一軒立っていた低い朝鮮家屋の前に立止った。戸を叩くと、直ぐに中から開いて、黄色い光が雪の上に流れた。みんながはいったので、私も低い入口から背をこごめて這入《はい》った。家の中は全部油紙を敷詰めた温突《オンドル》になっていて、急に温い気がむっ[#「むっ」に傍点]と襲った。中には七八人の朝鮮人が煙草を吸いながら話し合っていたが、此方を向くと一斉に挨拶をした。と、その中から、此の家の主人らしい赤髯《あかひげ》の男が出て来て、暫く趙の父親と何やら話をしてから、奥へ引込んだ。話は前からしてあったと見えて、やがてお茶を一杯飲むと、二人の本職の猟師と、五六人の勢子《せこ》が――猟師と勢子とは同じような恰好《かっこう》をしていて、見分け難いのだが、私は趙の注意によって、彼等の持っている銃の大小でそれを区別することが出来た――私達につい
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