ない。もう一人の、茶色の髭を伸ばした、これは一見して内地人ではないと解る方の男にも私は一寸頭を下げた。その男も黙ったまま之に応じ、趙の朝鮮語での説明を聞きながら、私の顔を見下して微笑した。
発車は丁度四時。一行は私をいれて四人の他に、もう一人、これはどちらの下僕か知らないが、主人達の防寒具やら食糧やら弾薬やらを荷《にな》った男がついて来ていた。
汽車に乗ってからも、並んで席を取った趙と私とは二人きりで話しつづけ、大人達とは殆ど口を交えなかった。趙は私の前であまり朝鮮語を使うのを好まないようであった。時々向い側から与えられる父親の注意らしい言葉にも極く簡単に返事するだけだった。
冬の日は汽車の中ですっかり暮れてしまった。鉄道が山地にはいるに従って、窓の外に雪の積っているらしいのが分った。汽車が目的の駅――それは沙里院の手前の何とかいう駅だと思うのだが、それが、今どうしても思い出せない。一つ一つの情景などは実にはっきり憶えているのだが、妙なことに、肝腎の駅の名前は、ど忘れ[#「ど忘れ」に傍点]して了っているのだ。――に着いた時は、もう七時を廻っていた。燈火の暗い、低い木造の、小さな駅
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