枚余計にシャツを着込み、頭巾《ずきん》やら耳当《みみあて》やら防寒の用意を充分にととのえてから、かねての計画どおり「親戚の家に泊ってくるかも知れぬ」と言って表へ出た。四時の汽車には少し早過ぎたけれども、家にじっと待っていられなかったのだ。約束の南大門駅の一、二等待合室に行って見ると、だが、もう趙は来ていた。いつもの制服ではなく、スキイ服のような、上から下まで黒ずくめの暖かそうな身軽ななり[#「なり」に傍点]をしている。彼の父親と、その友人もじきに来る筈だという。二人がしばらく話をしている中に、待合室の入口に、猟服にゲートルを巻き、大きな猟銃を肩に掛けた二人の紳士が現れた。それを見ると、趙は此方《こちら》から一寸《ちょっと》手を挙げ、彼等がそばへ来た時に、その背の高い、髭《ひげ》のない方に向って、私を「中山君」と紹介した。それが初めて見る彼の父親だった。五十には少し間のありそうな、立派な体格の、血色のいい、息子に似て眼の細い小父さんだった。私が黙って頭を下げると、先方は微笑で以て之に応《こた》えた。口をきかなかったのは、息子の趙が前以て言っていたように、日本語があまり達者でないために違い
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