せ、それでも外からと、下からと沁みこんでくる寒さに外套《がいとう》の襟《えり》を立てて頸を縮めながら、私達は他愛もない雑談に耽《ふけ》った。その日、私達の教練《きょうれん》の教官、万年少尉殿が危く落馬しかけた話や、行軍の途中民家の裏庭に踏入って、其の家の農夫達と喧嘩したことや、斥候《せっこう》に出た四年生がずらかって、秘かに懐中にして来たポケット・ウイスキイの壜を傾け、帰ってから、いい加減な報告をした、などという詰まらない自慢話や、そんな話をしている中に、結局何時の間にか、少年らしい、今から考えれば実にあどけない猥談《わいだん》に移って行った。やはり一年の年長である四年生が主にそういう話題の提供者だった。私達は目を輝かせて、経験談かそれとも彼等の想像か分らない上級生の話に聞き入り、ほんの詰まらない事にもドッと娯しげな歓声をあげた。ただ、その中で趙大煥一人は大して面白くもなさそうな顔付をして黙っていた。趙とても、こういう種類の話に興味が持てないわけではない。ただ、彼は、上級生の一寸《ちょっと》した冗談をさも面白そうに笑ったりする私達の態度の中に「卑屈な追従《ついしょう》」を見出して、それ
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