見下している、その眼と眼の間あたりに漂っている刻薄《こくはく》な表情を眺めながら、私は、いつか講談か何かで読んだことのある「終りを全うしない相」とは、こういうのを指すのではないか、と考えたことだった。
やがて、他の勢子達も銃声を聞いて集って来た。彼等は虎の四肢を二本ずつ縛り上げ、それに太い棒を通し、さかさに吊して、もう明るくなった山道を下りて行った。停留所まで下りて来た私達は一休みして後――虎はあとから貨物で運ぶことにして――すぐに其の午前の汽車で京城に帰った。期待に比べて結末があまりに簡単に終ってしまったのが物足りなかったけれども――殊に、うとうとしていて、虎の出て来る所を見損ったのが残念だったが、とにかく私は自分が一かどの冒険をしたのだ、という考えに満足して家にもどった。
一週間ほどして、西大門の親戚の所からして、私の嘘がばれた時、父から大眼玉を喰ったことは云うまでもない。
七
さて、これでやっと虎狩の話を終ったわけだ。で、此《こ》の虎狩から二年程|経《た》って、例の発火演習の夜から間もなく、彼が私達友人の間から黙って姿を消して了《しま》ったのは、前に言ったとおりだ。そうして、それからここに十五六年、まるで彼とは逢わないのだ。いや、そう云うと嘘になる。実は私は彼に逢ったのだ。しかも、それがつい此の間のことだ。だからこそ、私もこんな話を始める気になったのだが、併《しか》し、その逢い方というのが頗《すこぶ》る奇妙なもので、果して、逢ったといえるか、どうか。その次第というのはこうだ。
三日程前の午過《ひるす》ぎ、友人に頼まれた或る本を探すために、本郷通りの古本屋を一通り漁《あさ》った私は、かなり眼の疲れを覚えながら、赤門前から三丁目の方へ向って歩いていた。丁度昼休みの時間なので、大学生や高等学校の生徒や、その他の学生達の列が、通り一杯に溢れていた。私が三丁目の近くの、藪《やぶ》そば[#「そば」に傍点]へ曲る横丁の所まで来た時、その人通りの波の中に、一人の背の高い――その群集の間から一際、頭だけ抜出ているように見えた位だから、余程高かったに違いない――痩せた三十恰好の、ロイド眼鏡を掛けた男の、じっと突立っているのが、私の目を惹《ひ》いた。其《そ》の男は背が人並外れて高かったばかりではなく、その風采が、また著しく人目を惹くに足るものだった。古い羊羹《ようかん》色の縁の、ペロリと垂れた中折を阿弥陀《あみだ》にかぶった下に、大きなロイド眼鏡――それも片方の弦《つる》が無くて、紐《ひも》がその代用をしている――を光らせ、汚点《しみ》だらけの詰襟服はボタンが二つも取れている。薄汚ない長い顔には、白く乾いた脣のまわりに疎《まば》らな無精髭《ぶしょうひげ》がしょぼしょぼ[#「しょぼしょぼ」に傍点]生えて、それが間の抜けた表情を与えてはいるが、しかし、又、其の、間の迫った眉のあたりには、何かしら油断の出来ない感じをさせるものがあるようだ。いって見れば、田舎者の顔と、掏摸《すり》の顔とを一緒にしたような顔付だ。歩いて来た私は、五六間も先《さき》から、すでに、群集の中に、この長すぎる身体をもてあましているような異様な風体の男を発見して、それに眼を注いでいた。すると、向うもどうやら私の方を見ていたらしかったが、私がその一間ほど手前に来た時、その男の、心持しかめていた眉の間から、何か一寸《ちょっと》した表情の和《やわ》らぎといった風のものがあらわれた。そして、その、目に見えない位の微《かす》かな和らぎが忽ち顔中に拡がったと思うと、急に彼の眼が(勿論、微笑一つしないのだが)私に向って、あたかも旧知を認める時のように、うなずいて見せたのだ。私はびっくり[#「びっくり」に傍点]した。そうして、前後を見廻して、其のウインクが私に向って発せられたものであることを確かめると、私は私の記憶の隈々を大急ぎで探しはじめた。その間も、一方、眼の方は相手からそらさずに怪訝《けげん》そうな凝視を続けていたのだが、その中に、私の心のすみっこ[#「すみっこ」に傍点]に、ハッキリとは解らないが何か非常に長い間忘れていたようなあるもの[#「あるもの」に傍点]が見付かったような気がした。そして、その会体《えたい》の知れない或る感じが見る見る拡がって行った時、私の眼は既に、彼の眼差に答えるための会釈《えしゃく》をしていたのだ。その時にはもう私には、此の男が自分の旧知の一人であることは確かだった。ただそれが誰であったかが疑問として残ったに過ぎない。
相手は此方《こちら》の会釈を見ると、此方も向うを思い出したものと思ったらしく、私の方へ歩み寄って来た。が、別に話をするでもなく、笑顔を見せるでもなく、黙って私と並んで、自分の今来た道を逆に歩き出した。私も亦《また》黙っ
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