》の川原に天幕を張ることになった。私達は疲れた足を引きずり、銃の重みを肩のあたりに痛く感じながら、歩きにくい川原の砂の上をザックザックと歩いて行った。露営地へ着いたのは四時頃だったろう。いよいよ天幕を張ろうと用意にかかった時、今まで晴れていた空が急に曇って来たかと思うと、バラバラと大粒な雹《ひょう》が烈しく落ちて来た。ひどく大粒な雹だった。私達は痛さに堪えかねて、まだ張りもしないで砂の上に拡げてあったテントの下へ、我先にともぐり込んだ。その耳許へ、テントの厚い布にあたる雹の音がはげしく鳴った。雹は十分ばかりで止んだ。テントの下から首を出した私達は――その同じテントに七八人、首を突込んでいたのだ。――互いに顔を見合せて一度に笑った。その時、私は趙大煥もやはり同じテントから今、首を抜き出した仲間であることを見出した。が、彼は笑っていなかった。不安げな蒼《あお》ざめた顔色をして下を向いていた。側に五年生のNというのが立っていて、何かけわしい顔をしながら彼を咎《とが》めているのだ。一同があわててテントの下へもぐり込んだ時、趙が肱《ひじ》でもって、その上級生を突飛ばして、眼鏡を叩き落したというのらしかった。元来私達の中学校では上級生が甚だしく威張る習慣があった。途《みち》で会った時の敬礼はもとより、その他何事につけても上級生には絶対服従ということになっていた。で、私は、その時も趙が大人《おとな》しくあやまるだろうと思っていた。が、意外にも――あるいは私達がそばで見ていたせいもあるかも知れないが――仲々素直にあやまらないのだ。彼は依固地《いこじ》に黙ったまま突立っているばかりだった。Nは暫《しばら》く趙を憎さげに見下していたが、私達の方に一瞥《いちべつ》をくれると、そのままぐるりと後を向いて立去って了った。
 実をいうと、此の時ばかりでなく、趙は前々から上級生に睨《にら》まれていたのだ。第一、趙は彼等に道で逢っても、あまり敬礼をしないという。これは、趙が近眼であるにも拘《かかわ》らず眼鏡を掛けていないという事実に因《よ》ることが多いもののようだった。が、そうでなくても、元来年の割にませていて、彼等上級生達の思い上った行為に対しても時として憫笑を洩らしかねない彼のことだし、それにその頃から荷風の小説を耽読《たんどく》する位で、硬派の彼等から見て、些《いささ》か軟派に過ぎてもいたの
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