政一切の切廻しをするようになった。
 眼の凹んだ・口の突出た・黒い顔は、ごく偶《たま》に笑うとひどく滑稽な愛嬌《あいきょう》に富んだものに見える。こんな剽軽《ひょうきん》な顔付の男に悪企《わるだくみ》など出来そうもないという印象を与える。目上の者に見せるのはこの顔だ。仏頂面をして考え込む時の顔は、ちょっと人間離れのした怪奇な残忍さを呈する。儕輩《さいはい》の誰彼が恐れるのはこの顔だ。意識しないでも自然にこの二つの顔の使い分けが出来るらしい。
 叔孫豹の信任は無限であったが、後嗣《あとつぎ》に直そうとは思っていない。秘事ないし執事としては無類と考えていたが、魯の名家の当主とは、その人品からしてもちょっと考えにくいのである。豎牛ももちろんそれは心得ている。叔孫の息子たち、殊に斉から迎えられた孟丙・仲壬の二人に向かっては、常に慇懃《いんぎん》を極めた態度をとっている。彼らの方では、幾分の不気味さと多分の軽蔑とをこの男に感じているだけだ。父の寵《ちょう》の厚いのに大して嫉妬《しっと》を覚えないのは、人柄の相違というものに自信をもっているからであろう。

 魯の襄公《じょうこう》が死んで若い昭公
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