nサイパン
日曜の夕方。
鳳凰樹《ほうおうじゅ》の茂みの向うから、疳高《かんだか》い――それでいて何処《どこ》か押し潰《つぶ》されたような所のある――チャモロ女の合唱の声が響いて来る。スペインの尼さんの所の礼拝堂から洩れてくる夕べの讃美歌である。
夜。月が明るい。道が白い。何処やらで単調な琉球蛇皮線《りゅうきゅうじゃびせん》の音がする。ブラブラと白い道を歩いて見た。バナナの大きな葉が風にそよいでいる。合歓《ねむ》の葉が細かい影をハッキリ道に落している。空地に繋《つな》がれた牛が、まだ草を喰っている様子である。何か夢幻的なものが漂い、この白い径《みち》が月光の下を何処までも続いているような気がする。ベコンベコンという間ののびた蛇皮線の音は相変らず聞えるが、何処の家で鳴らしているのか、一向に判らぬ。その中に、歩いていた細い径が、急に明るい通りに出てしまった。
出た角の所に劇場があって、その中から頻《しき》りに蛇皮線の音が響いて来る。(だが、これは、先刻から私の聞いて来た音とは違う。私の道々聞いて来たのは、劇場のそれのような本式の賑かなのではなく、余り慣れない手が独りでポツンポツ
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