オた・鮎《あゆ》に似た細長い魚や、濃緑色のリーフ魚や、ひらめ[#「ひらめ」に傍点]の如き巾《はば》の広い黒いやつ[#「やつ」に傍点]や、淡水産のエンジェル・フィッシュそっくりの派手な小魚や、全体が刷毛《はけ》の一刷《ひとはき》のようにほとんど鰭《ひれ》と尾ばかりに見える褐色の小怪魚、鰺《あじ》に似たもの、鰯《いわし》に似たもの、更に水底を匍《は》う鼠《ねずみ》色の太い海蛇に至るまで、それら目も絢《あや》な熱帯の色彩をした生物どもが、透明な薄|翡翠《ひすい》色の夢のような世界の中で、細鱗を閃《ひらめ》かせつつ無心に游優嬉戯しているのである。殊に驚くべきは、碧《あお》い珊瑚礁《リーフ》魚よりも更に幾倍か碧い・想像し得る限りの最も明るい瑠璃《るり》色をした・長さ二寸ばかりの小魚の群であった。ちょうど朝日の射して来た水の中に彼らの群がヒラヒラと揺れ動けば、その鮮やかな瑠璃色は、たちまちにして濃紺となり、紫藍となり、緑金となり、玉虫色と輝いて、全く目も眩《くら》むばかり。こうした珍魚どもが、種類にして二十、数にしては千をも超えたであろう。
一時間余りというもの、私はただ呆れて、茫然と見惚《みと
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