ムをすると、手足の下、背中の下で、砂が――真白な花|珊瑚《さんご》の屑がサラサラと軽く崩れる。汀《なぎさ》から二間と隔たらない所、大きなタマナ樹の茂みの下、濃い茄子《なす》色の影の中で私は昼寝をしていたのである。頭上の枝葉はぎっしりと密生《こ》んでいて、葉洩日もほとんど落ちて来ない。
起上って沖を見た時、青鯖《さば》色の水を切って走る朱の三角帆の鮮やかさが、私の目をハッキリと醒《さ》めさせた。その帆掛|独木舟《カヌー》は、今ちょうど外海から堡礁《リーフ》の裂目にさしかかったところだった。陽射しの工合から見れば、時刻は午《ひる》を少し廻ったところであろう。
煙草を一服つけ、また、珊瑚屑の上に腰を下す。静かだ。頭上の葉のそよぎと、ピチャリピチャリと舐《な》めるような渚の水音の外は、時たま堡礁の外の濤《なみ》の音が微《かす》かに響くばかり。
期限付の約束に追立てられることもなく、また、季節の継ぎ目というものも無しに、ただ長閑《のどか》にダラダラと時が流れて行くこの島では、浦島太郎は決して単なるお話[#「お話」に傍点]ではない。ただこの昔語《むかしがたり》の主人公がその女主人公に見出した
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