トカヌーから岸に下り立ち、二、三の島の者と共に警官について椰子林の間に消えて行くのを、私は甲板から見送った。
此処で七、八人の島民船客が椰子バスケットを独木舟に積込んで下りて行ったのと入違いに、ここからパラオへ行こうとする十人余りが同じような椰子バスケットを担いで乗込んで来た。無理に大きく引伸ばした耳朶《みみたぶ》に黒光りのする椰子殻製の輪をぶら下げ、首から肩・胸へかけて波状の黥《いれずみ》をした・純然たるトラック風俗である。
一時間ほどすると、警官と巡警とが船に戻って来た。ナポレオン配流のことを島民らに言って聞かせ、その身柄を村長に託して来たのである。
出帆は午後になった。
例によって浜辺には見送りの島の者がずらりと並んで別《わかれ》を惜しんでいる。(一年に三、四回しか見られない大きな[#「大きな」に傍点]船が発《た》つのだから。)
陽除《ひよけ》の黒眼鏡を掛けて甲板から浜辺を眺めていた私は、彼らの列の中に、どうもナポレオンらしい男の子を見付けた。オヤと思って隣にいた巡警に確かめて見ると、やはり、ナポレオンに違いないと言う。大分離れているので、表情までは分らないが、今はも
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